かつて住んでいた街で、古い友人と例によってすごく安い呑み方をする。
晩飯を食べていない上に、若干の寝不足なので量の割りに酔いが回っていたと思う。
終電ギリギリの電車に飛び乗り、「なんとか間に合うだろうなぁ」と考えながら、
CDウォークマンで音楽を聴いていた。
気がつくと肩を揺さぶる人がいる。駅員だった。いつのまにか眠っていたらしい。
終点ですよ。と言われて、電車を降りる。なんだかよく状況がつかめない。
電光掲示板で確認すると、他の電車は終わってしまっている。
中野だった。
中野……東京の地理に詳しくない人には説明しにくいが、僕の住んでいる荒川区とは
4つほどの区を経由しなければ辿り着けないところにある。
乗り越し料金を窓口で支払いながら、少しずつ頭が明瞭になっていく。
CDウォークマンは眠ってしまう前にかけたままにエンドレスの曲を流している。
状況を整理してみた。
・電車はない。
・お金はないのでタクシーでの帰宅は不可能。
・朝まで時間をつぶすほどのお金もない。
……なんだ最低じゃないか。
こういうときは幸いな点を並べる必要がある。
・今夜は温かい。
・煙草がある。
・暇ならば沢山ある。
結論。
歩いて帰ろう。距離も道も判らないが朝までには帰れるだろう。
夏の歩き旅行で学んだことは、うだうだする暇があったら歩き出すべきということだ。
というよりも歩き出さなければ歩くことを止めることもできないのだ。
とりあえず、頭の中で地図を描く。多分、自宅はここから北東の方向だ。
これも幸いの一つなのだが、僕は方向感覚がいい方でかなり道が入り組んでも、
方向だけは絶対見失わないし、東京の道はそこそこ頭に入っているので、
知っている場所に出ればあとは家まで帰れるはずなのだ。
覚悟を決めて深夜の街を歩き出した。
深夜の街を歩くというのは快楽を伴う。
まして今夜のような温かい夜はとくにそうだ。
昼間と違う風景。孤独を楽しめる、広くて閉鎖された空間。
解放感と孤独感が同居する不思議な風景。街頭の灯の不思議な光源も好きだ。
北東を目指しながら、道なりに、方向を見失わないように歩く。
夜の風景を楽しむ。
適当に歩いていたつもりがどうやら哲学堂の周辺に出たらしい。
道路標識には目白の文字も見える。目白からならば池袋までの道がわかる。
そして池袋からならば自宅までの道は判る。
よし、これでとりあえずやみくもに歩く必要は無くなったぞ。
もっとも道程が判ったということはどれくらい遠いかも判った。大体15キロくらいかな?
頑張れば明け方には着くだろう。
少しは気が楽になったような気がして、パシャパシャと深夜の街を撮る。
こういうときはフラッシュなんか炊いては駄目だ。
夜の、夜特有の光を写さないでどうするのだ。たとえ少し手ブレしてしまってもいい。
ソフトフォーカスでいい。そのにじんだ感じが夜の空気なのだ。
やがて見覚えのある目白周辺の街並みになって来た。
時計を見ると2時前ぐらいだった。草木も眠る丑三つ時。
さすがに空いている店がすくなくなってきた。街は短い眠りにつき始めている。
そんな光景もまた、夜の散歩ならでは。この短い時間が好きだ。
遠くにサンシャイン60の背の高い姿が見えてきた。池袋が視界に入った。
もっとも自宅はあのサンシャインが反対方向に遠目に見えるところにあるのだが。
せっかく道も判ったのだし、大通りををさけて、裏道を伝って池袋を目指すことにした。
こんなその周辺を生活基盤にしている人間しか立ち入らない場所にも入って行けるのも夜の街。
見知らぬ家の、誰かの生活の匂いがする軒先を歩く。
少し疲れてきていた。歩き始めて2時間ぐらい経過している。
休みなく2時間歩くことがどれくらい疲れるかはよく知ってる。
でもそんなに苦痛ではない。夜の空気というのはどこか歩きやすい。
東口と西口を繋ぐ大ガードを潜ると、もういつもの池袋が見えてきた。
高校、大学ともう十年以上遊び歩いている深夜の池袋。
ここからは普段自転車で走っている道程をただゆっくりと歩くだけだ。
非日常を楽しむ夜の街の徒歩はここでおしまい。
あとは一時間ぐらいだらだらと歩けば家に着く。
帰ったら、昼食の食べ残しの肉じゃがを温め直して食べるか。
そんなことを考えて、シャッターの閉まった池袋駅前を通過した。
ウォークマンはあいかわらず同じCDをエンドレスで流している。
移転して若干アクセスが減ったのは想定内だし、移転で来なくなるような浅い仲なら
まぁいいか、バイバイとは思っていたのですが、
最近、どうやら結構な人に更新を監視されているのか、あるいは「長い日記書いた次の日は休む」と、
もはやエントロピーの法則並に確実な法則としてみんなに認識されたのか、
日記書いた日と書かない日でreadmeの順位にして500位くらいのアクセスが違います。
えーと。
そんなに俺の日記が読みたいか?(暴言)
そんなわけでなんか不安にかられて明け方に日記書いてます。ハリです。
最近、ウチのサイトを見ているリアル友人に数人会ったのですが、
結構いろんな人にステーシーについて訊かれました。
意外とみんな興味持ったようです。ふーん。くいつきのいいゾンビだこと。
ここでロメロの新作がとかバタリアン4と5の噂がとかゾンビのリメイクがとか書いても、
食いつきは違うんだろうな。その差ってどうだろう?
あ、ところでステーシーね、たしかにリリックでセンチメンタルな世界観ですが、
ゾンビ映画のパロディーだけあって描写は結構えぐいです。
ホラー駄目だという人はちよっと注意。
それでもという人は角川ホラー文庫版が比較的探しやすいそうなので本屋へGO。
仕事が休みな山猫太郎と呑みにゆく。
最寄り駅のゆきつけの店。
きれいでも洒落た店でもなく、どっちかつーと古ぼけた労働者向きな居酒屋。
かといって味があるほど古い感じでも無いし、食い物がすごくウマイわけでもない。
ただ手頃で、来やすくて、チェーンの居酒屋入るよっか全然良いので、
その辺りで呑むときには必然的に選択されるお店。
そんな頻繁に来てるわけじゃないんだけど、さすがに女将さんに顔覚えられてる。
26年も生きていると、こんな数カ月に一回にゆくぐらいの馴染みの店が数件持てます。
で、いつものようにそのお店専売のちょっと珍しい銘柄のお酒を呑んでいると、
(香りが良くて、飲み口が良いので、日本酒呑めない人に好評。ただ辛口好きには不評)
普段あんまり口を訊かない中年の店員、たぶん女将さんの息子に声をかけられる。
「4日くらい前に、何回か一緒に来た方が来てましたよ」
あーそういや一年ぶりくらいに田舎から出てきた大学時代の友人が行ったって言ってたなぁ。
で、女将さんが肩壊してて休んでたって言ってたなぁ、と店を見渡すと確かに女将さんがいない。
女将さんの容体を尋ねたりしながら酒を呑む。
なんというか、こういう風に店側に顔を覚えられているというのはくすぐったいもんだ。
くすぐったいというのは嬉しくもあり、恥ずかしくもありって感じ。
特にフランチャイズ慣れした僕らのような世代には。
こうやって顔を覚えられていて、他のお客との関係を知られていて、来店頻度の話が入ってくる。
人に凄く勧められるほど良い店ではないけれど、居心地はいいし、気楽にゆける。
そのぬるま湯加減が馴染みのお店のいいところだったりするんだなぁ。
猫ファミもそんな空間でありたい、と思ってる。理想は屋台のおでん屋さん。
書き出しみたいなことかいてる時点で却下ですか、はあ。
ハリです。
寒くなったり温かくなったりホント三寒四温だなあ。
暖かい日があるといよいよ春だなぁという感じで少しずつわくわくしてきます。
今年夜明けの花見がしたいと思ってます。朝日に照らされた桜を眺めたみたいです。
……サザエさんの次回予告みたいだなぁ。
えっと。
いつも事後報告でアレですが、バイト始めました。
さすがに夏目漱石二人しかいなくて、電話会社からは「止めるぞ!」と来るとなると仕方なし。
で、今度のお仕事なんですが、笑えることに学生時代に勤めていた職場に出戻りです。
かつての同僚に誘われて適当に返事してたらとんとん拍子で決まってしまいました。
大型ホームセンターの店員なのですが、自由度の高いところで、接客から発注までやります。
なぜか取引先との交渉とかまでやってました。なんだかなぁ。
そんなわけで即決。もといた部署ではないのですが、初日から普通に働いてるオイラ。
二年ぶりだというのになんの違和感もなく。まぁいいか。
ここしばらくちょいと身辺忙しくなりますが、適当に。
つーかおんなじ職場なので体力が落ちていることが痛いほどに自覚できます。
あと、会うパートさん会うパートさんに「ふとったねぇ」と言われました。
畜生、20ぐらいの体型に戻してやるから見てろよ!
といいつ毎昼食はこれでカップ麺固定が決定。ばーかばーか。
ゆきかえりの電車がちょいと時間かかるので借りたまま放置していたリアル鬼ごっこを読む。
これ、もう今更紹介するまでもないほどに有名になった超絶下手くそ電波小説なんだけど。
ひどかった。
いや噂以上にひどい。
ほんとひどい。
ほかに言葉が思いつかないほどひどい。
ネタとして読んだのにここまで素人丸出しの小説だと腹立たしくなる。
ちょっとググればすぐに検証サイトがひっかかるから細かい指摘はしないけど、
つーかどのページにも明らかな文法まちがい、用語の誤用(中学生レベル)連発で、
いちいち指摘してたら本編よりも長くなるぞ、コレ。
以下引用。
「ランニング状態で足を止めた」
「遠く離れると横浜の巨大な遊園地ができた」
「三人は分かち合うように抱き合った」
「二人は鬼たちに目をとらわれていた」
「いざ、着地してみるとそこは森の様な草むらに二人は降り立っていた」
「愛は一つも振り向かず」
「危機に感じた翼と愛は火事場の馬鹿力、ここで二人は足を早めた」
「もう一度首を右に左に素早く後ろへと回し、ぐるりと体を反転させた」
「一人の鬼が瞳の奥に飛び込んだ」
「九人の足跡がピタリと止まった」
「記憶を全く覚えていなかった」
「永遠と続く赤いじゅうたん」
「この話は人々の間とともに長く受け継がれていく」
ホントにこんな文章で構成されてます。
つーか編集者は校正とかしたのか?
文章の酷さばかり目がいくが内容も凄い。奇抜というよりも思いつきをそのまま書いてる。
内容はバトルロワイヤルに変な影響を受けたような架空国家の狂気的ゲームを巡る話なんだが、
バトロワの高見広春って人には地力があった。結構なインテリだし、あの人。
唖然とするウンコ設定のまま薄っぺらなキャラクターが不可解な行動を繰り返し、
腹立たしい終わり方をする。……ごめん、ホント叩くことしかできません。
ネタ小説ということで読んだけど、笑う前に腹が立った。
えーと。ここまで読んで「やべぇ気になる」と思ったあなた。
や め と き な さ い 。
正直に読んで後悔してます。
結局この本が面白いと言えるとこは内容でも、その下手くそな文章でもなく、
なんでこんな本が出版されているかという現象だけなんだよなぁ。
なんかね、スニーカー文庫を初めて読んでその気になっちゃった中学生の処女作を
「感想聞かせてー」って手渡された気分だった。つーかホントにただの素人だ、これ。
ところでこの本についてちょいと調べてて公式サイトとおぼしきところを見つけたのだけど、
なんかへんじゃないですか?
作者一問一答とか質問からして小説家にしてるとは思えない内容なんですけど?
もしや作者だけが道化の壮大な釣りなのかなぁ。
でないとなんでこんな本が出版されたのか、そして売れているのか理解できない。
様々な意味で話題騒然。……それが売り上げの主な原動力だよな、きっと。
意表を突いて三日連続更新ッ!
つーか仕事中はなんか日記ネタ考えるのを促す要素があるらしい。
仕事しながらずーといろいろ考えてました。
考える労働者ハリです。インテリゲンチャです。
三日働いたので明日はおやすみ。さーてドラクエ5でもやるぞ。
もちろんSFC版のな!
で、仕事中なにを考えていたかというとあいかわらずリアル鬼ごっこのことでした。
そこまで腹立たしかったのか、オイラ? つーかもうすでに面白くなってます。
リアル鬼ごっこについて触れているサイトを回るのが最近のネットスタイルと化してます。
ある意味、山田某の感謝です。会ったら文句しか言いませんが。
そういやこんな感想書いてるサイトもあったなぁ。
>作者に会うことが出来るのなら、両手一杯のカマドウマをプレゼントしたい。
激しく同意。
で。まっとうな批判を長文で考えていたのですが、
そのうち「こんなただの素人小説に批評書いても仕方ないなぁ」と思って却下。
つーか若干旬も過ぎてるし。
とはいうものの、昨日一昨日の日記は反響が多くて、なんかこのまま書き続けると
どんどん読んでしまう人が増えそうなので、もっと書くことにします。
被害者は多いほうがいいと思います(最低)
ただし山田某に5%の印税が入るのは腹立たしいので古本か図書館推奨。
間違っても新品買わないように。腹立たしさが四倍くらいになります。
さてその稚拙な文章に関してはすでにいっぱい事例がでたので今日は割愛。
ここまで少ししかふれていない内容について少し書きますか。
そういやどんな話か書いてないもんね。
<あらすじ>
時は遥か西暦三〇〇〇年。
人口約一億人、医学技術や科学技術、そして、機械技術の全てが
今とは全く想像のつかないほど発達したとある王国が舞台。
この国の馬鹿王様(原文ママ)が自分と同じ姓の佐藤が500万人もいるのを気に入らず、
リアル鬼ごっこという佐藤狩りを思いつく。
自国の兵士に佐藤探知機ゴーグル(原文ママ)を取り付け、毎日一時間、鬼ごっこをする。
捕まった佐藤はみな人知れず殺されてしまうのだ。
ワガママな馬鹿王様の意見には誰も反発できず、狂気のゲームが執行される。
さて、ここまでどれくらいオイラは嘘を混ぜたでしょうか。
正解は全 部 ホ ン ト です。
ええええ!!!と思うでしょう。読んでるともっと思います。ホントに衝撃の本です。
まず、西暦3000年ってなんだよ! 千年後かよ。
ざっとドラえもんの888年後の世界です。SFでもあまり訊かない年号です。
ところが、この世界、
「医学技術や科学技術、そして、機械技術の全てが今とは全く想像のつかないほど発達した」(原文ママ)
と書かれてるわりに描写はおもいっきし現代。しかも王国とかいいつつ日本。
新聞や携帯電話があり、コンビニやスーパーが出てきます。
役所のようなところで住所を調べるシーンも手書きでメモしてます。
そして主人公が大阪が行き来に新幹線使ってます。
義体とかワープどころかリニアカーさえ実用化されてません。
そのうえ主人公は父親に虐待されてて母親は妹を連れて離婚してしまいます。
おもきっし現代日本そのままです。
えーと。
どこが未来なんだろう? ここまで夢の要素のない未来もないです。
脳に繋ぐケーブルも、タイヤのない車も、宇宙旅行も、なんにもありません。
近未来でさえないのに。つーかアシモフだって書かないよ、西暦3000年なんて世界!
で、王政の国なんだけど、これがびっくりするほど、圧政がしかれてる。
何しろ王様が不快だってだけでこんな非人道的なやり方で500万人虐殺されるんだから。
それでいながら、誰も反抗できない。
宮殿には王様の他に「じい」や「側近」(そこ失笑しない)がいるのだけど、
この人たちも言いたいことがあっても何も言えない。
民衆も新聞やテレビで結構批判的なことを書いている。
どうやら盲信してたり言論統制がしかれているわけでもないらしい。
でもクーデターどころかデモさえ起きない。500万人いたら勝てるだろ!
軍隊はあることはあるが、ここの中でさえ不満を漏らす人間はいる。
王様、あんたどうやってワガママ通してんだよ!
こんな不備だらけなのが基本設定だけあって、細かいところのつっこみどころはもう無数。
主人公の父が死ぬのだけど、通夜が、午後四時からはじまって一時間半で終わる。
葬式はなし。出棺もしないまま、大阪にゆく。しかもコイツ喪主のくせに何もしない。
西暦3000年の葬式はシンプルだなぁ。
王様の住む宮殿の描写は面白過ぎます。コントです。ドリフ(時事ネタ)かよと思うくらい。
この作者、上流階級のイメージが貧困すぎます。
あまりにも唖然とした箇所を紹介しましょう。あえて細かなつっこみはしません。
以下引用。
宮殿では朝食の時間を迎えており、メイド達が次々と豪華な料理を運び出していた。
それは朝食とは思えないほどの豪華さで、一般市民がこの料理を見たらこれが本当に
朝食か?と目を仰天させるに違いない。これだけで一般市民との差は歴然と離れており、
王様が毎日どのようにして暮らしているかはこの朝食だけでも想像がついてしまう。
なおも料理は運び込まれていく。
王様の目の前に全ての料理が出そろった。豪華で目を見張るほどの大きなテーブル。
目の前には全てが金で作られているナイフやフォーク。
そして、背もたれが必要以上に天井へと伸びている豪華なイス。
全てが”豪華”これ以上の単語が見当たらない程、豪華であった。
ちなみに食べているのは(朝食なのに)ステーキです。トホホ。
さてそんなわけで三日間、リアル鬼ごっこについて調べてみたのですが、
ここで衝撃なニュースを二つ発見。
現在最も注目されるホラー作家、山田悠介のベストセラー「リアル鬼ごっこ」ついにコミックス化!
原作渡された漫画家の心境が知りたい……。
そして、
04/10 幻冬舎 幻冬舎文庫 リアル鬼ごっこ 山田悠介
……間違っても買わないように!
人から指摘されて気がついたけど、今日でこのサイトを始めてちょうど一年だ。
正式にオープンしたのはさらに一カ月先のことだけど、初めてhtmlで日記を書き出したのは今日だ。
まだどんなサイトにするかも決めず、トップページもなく、ただ日記だけを書いた。
メモ帳にhtmlの本を引きつつ、タグを打ち、日記を書き上げると、
拡張子を.txtから.htmlに書き換えた。それが一年前の今日だ。
一年と一寸前、僕は小説を書いていた。
ウンウンと苦しみつつ数カ月かかって原稿用紙50枚オーバーの作品を書いて、そして中途で放棄した。
それまでも結構な年月、結構な作品数ので小説を書いていたけど、
この最後の作品を放棄したことで、もう小説を書くのは辞めようという気になった。
書いてて苦通なものを、本人が楽しめないものを、無理して書き続けることの意味が見いだせなかった。
本人も楽しめず、作品としてもものにならない。そんなものを続ける意味がどこにあるか。
だけど、いざもう小説を書かないと決めたら、今度はやることがなくなった。
文章を書きとばす快楽を埋めることができなくなったのだ。
で、かわりに書き出したのがhtmlの日記だった。
それまで、こういう温い文章、緊張感のない、怠惰な文章を書くこと、
そしてそれを他人に無配慮に晒すことを自らに禁じていた。
だが、もう苦しんで書くことなんかする必要がないと思ったら、
あえてそういうことをしてもいいような気がしてきたのだ。
そう思って、まずは手さぐりでhtmlで日記を書き出した。
どんな内容になるか、どんなものが出来上がるか、どんな風に読まれるか、
そんなことは二の次だった。とにかく書くとはず快楽に身をゆだねよう。
そうやって書き出したのがフライング日記だった。
そしてタグを覚えながらコツコツとトップや他のコンテンツを作り始めた。
まず、文章ありきだったのだ。サイトになったのはもっとあとだ。
一年後の今、僕は一応テキストサイト管理人ということになっている。
未だに自分が書いているこれがどんなものか判っていない。
後々、これがエクリチュールとして、他人の書いたものとして、
自分で読めるようになったときどんなものになっているか判らない。
そんなことを考えて書いていない。ただ書くことに、書きつくすことに、その速度に身をゆだねている。
これってやっぱり日記なんだよなぁと思う。
正確に自分の日常や心境を、他人に見せることを前提にせずに書いているわけではない。
個人的な健忘録的な日記としては機能しているとは言えない。
だけど全体の統一性や主題を持たない即効性のある文章という面では日記の機能を持っている。
だから、やっぱりここは日記サイトなのだ。
その気楽さだけを信条にもうちょっと書きなぐり続けてみたいと思う。
まだいける。
いい人生だな。
お暇ならばもう少しおつきあいを。
ところで、最近、再びふつふつと小説書こうかなという気になっている。
なっているだけで、ホントに書くは判らないし、苦痛を伴わないとも言えない。
だから約束はしないけど、気楽に、書く快楽に身をゆだねられるようなものを少し考えている。
三日ぶりのお久しぶりのハリです。
ここしばらくいい感じでの更新を続けていましたが、いきなりの中断でした。
えー。ちょいとやる気失いました。
いや、再開したバイトが忙しいんじゃないんです。あんなのはそんなに苦でもない。
そうじゃなくてね……。
鯖 が 重 過 ぎ ん じ ゃ あ あ あ あ ! ! !
せっかく移転した現猫ファミのサーバーですが、ここ10日ほど尋常じゃなく重いです。
とくに夕方から深夜にかけての混雑時間はまっとうに見られません。
へ? そんなに重い? とお思いの常連様、それはあなた様が頻繁に来てくださるので、
ローカルにトップページが保存されてるからです。
そうですねー。午後9時くらいに普段読んでない古いテキストを……そうですね碓氷峠編あたりを
ちょいと開いてみてください。
なんじゃこりゃあああと思うほど重いです。
なんだ、同じ鯖内でそんなにアクセスが集中するサイトが立ったのか?
エロサイトか? それとも流行ジャンルの同人サイトか?
とにかく自分で環境チェックしてて泣きそうです。
一見さんは多分、トップの糞重さに帰ってしまってます。
実際笑えないことにアクセスも三割減です。いやマジ笑えない。
あんまりひどいのでサーバーにメールしました。
状況によってはまたしても移転やむなしです。つーかまっとう見られないってやばすぎ。
嗚呼やっぱり無料鯖の限界かしらん。
何日か前の日記にも書いてるけどドラクエ5をやってる。
ええ、発売したばかりのPS2版ではなく、SFC版を。
実はオイラ、ドラクエ5は初プレイだったりする。
何度書いてるけど、オイラがファミコンを偏愛する原因の一つは
SFCを持っていなかったことだと思ってる。
だからドラクエは4までしかやったことがなかった。
(さてSFC持っていないオイラがどうやって5をやっているかは……まぁアレです)
で、名作と名高く、まわりにも信者が多いドラクエ5なんだけど。
正直、未プレイのドラクエだー、しかも評判がイイーと思ってやった分、いささか期待外れ。
いやーこれドラクエとしては楽しめないよ。つまらないRPGだとは言わないけど。
僕にとってドラクエは生まれて初めてやったRPGであり、思い入れのあるシリーズなんだけど、
あのドラクエ1で初めてアレフガルドに立った時の高揚感がこのゲームにはないんだよね。
よくFFと比較されて語られるドラクエシリーズなわけだけど、どうもこの5はFF臭い。
よくも悪くもシナリオがしっかり作られており、すじのとおった物語があるのだ。
そのせいでちょいと自由度が少な過ぎる。
RPGのドラマツルギーには「目標が最初に定められてそこを目指す宝探し」タイプと
「運命の渦に巻き込まれて現状から脱出するために行動する逃亡者」タイプの二つがある。
この宝探しと逃亡者という二タイプは古くから物語形式のスタンダードタイプなんだけど、
ドラクエはどちらかというと宝探しタイプなんだよなぁ。
1から3は完全に最初に王様から最終目的を指示される。
4は五章は逃亡者タイプだけど、正確なスタート地点であるライアンの章は
1のセルフパロディのような典型的宝探しタイプだ。
で、対応するFFシリーズは逃亡者物語なんだよね。
ドラマを演出するという面においては逃亡者タイプはいいんだが、
それは同時に自由さを捨てることでもあって、FF批判でよく語られるように
プレイヤーを差し置いて勝手に話が進むような事態もありえる。
まーそれも善し悪しなんだけど、FFほどにきっちりとドラマを演出するのならばそれもアリだ。
あえていうならばドラクエに逃亡者物語はあわないんだよ。
もっとつっこんじゃうと堀井雄二のシナリオの書き方はそういうのがあわない。
これは才能の有無とかじゃなくて資質の問題なんだろうな。
ドラクエの主人公はしゃべらない。
堀井は主人公はプレイヤー自身であるという考えの持ち主で、
主人公に特定のペルソナ(メガテンじゃないぞ)をもたせようとしない。
その考え方はある意味正しいんだけど、それはキャラクター描写の甘さに繋がる。
ドラクエ5は人物劇、しかも世代も変更されていく、群像劇的要素を含んでいる。
この場合、自由度が低くてもいいからしっかりと人物描写をしなければいけないのに、
ドラクエ5のキャラクターはどうにもうすっぺらいのだ。
だからどうしてもドラクエ5のシナリオにオイラのりきれないのだ。
そのくせに自由度が低くて、展開だけはズンズンと勝手に進む。
いやまさかドラクエで最初の数時間を自由に移動さえさせてもらえないとは思わなかった。
いまさらこんな十年も前のゲームの構造を批判してもしかたないけどなんかちょっと哀しい。
そして記憶はさらに逆上って、ドラクエ1が発売された当時の記憶。
王様の状況説明だけで、広大な荒野に放り出される主人公。
すぎやまこういちの「荒野をゆく」のもの哀しいメロディー。
でも、そこでなにをしてもいいという自由さ。
初めてRPGというゲームシステムに触れた時に衝撃をいまだに覚えている。
こんなゲームもあるのだということが、それ自体が感動だった。
この広い世界に自分はいるという喜び。
そこにはキャラクターの介入する要素なんてないし、いらない。
キャラクターはすなわち自分自身なんだから。
ドラクエ3は名作なわけど、キャラクター描写というものが一切されていない。
それでもあのゲームが名作たりえた理由を考えて欲しい。
確かに物語としてはドラクエ5の世代を乗り越えていくストーリーは面白い。
それだけにあの描き方はどうにもがっかり感が強いです。
まぁドラクエらしい親切感はイライラしないで楽しめてるけどね。
PS2版どうやらシナリオにだいぶ手がはいってる様子。
とくにキャラ描写が乏しくて、選択する理由の見いだせなかったフローラに関するエピソードが
加わっているらしい。
んー批判した手前気になるなぁ。
そしてここまでリメイク版のドラクエは全て旧版では不幸な死に方したキャラが
復活するオマケ要素がついてた。
ドラクエ3ではオ×××が4ではデ××××(デルモンテと読んだ人は同志)が。
とすると5のリメイクもやっぱりあの方が復活すんだろうか?
そういう甘ったるいシナリオ書いちゃうあたり堀井さん好きです。
まーつまり批判するけどやっぱりドラクエ世代なわけだ、オイラは。
せっかく好きなサイトが復活したのに、喜び過ぎていきなり暴発して迷惑かけました。
うわー最低。それでなくともそういいふうにはとられてないだろうに、オイラ。
とりあえずリンクにこっそり追加。こっそり見ることにします。こっそり。
昨日、黒い人(卒論燃えちゃった事件の人。12月の日記参照)の誘いで花見をする。
持っているスキルが不運というくらいの、運のない男主催だけあって空模様悪過ぎ。
とはいえ花見の名門、飛鳥山公園の桜はホント見事だった。
流石は花見に特化した最古の花見の名所。
こんなのが家の側にあればそりゃ1シーズンで3、4回花見することになります。
総勢7人のちょうどいい人数な花見。
つーか平日の昼間っから花見ができる人間が集まるのもアレですが。
で、結局夕方くらいから雨が降ってきたので、オイラの家へ移動。
ただの呑み会となりました。近いウチにリベンジしなきゃ。
酒の肴がなぜかリアル鬼ごっこ。どうよらみんな興味津々な様子。
いや、だからつまらないから。そしてそのつまらなさは読まないと判らないから。
そういや最近、この本にふさわしい帯を考えました。
完読した者だけに叩きつける権利がある。
それはとにかく。
昼間っから呑んでるだけあって夜にはずいぶんまわってくる。
そしてどういうわけか、ハリが録り貯めているビデオの鑑賞会に。
本人もよく覚えていないへんなビデオを次々にビデオin。
いや出てくるものがすごい!
天空戦記シュラトの最終回とか魔神英雄伝ワタルの最終回とか。
さらば宇宙戦艦ヤマトとか。で、古いアニメ雑誌探し出したりして。
昔からアニオタだったんだなぁ。なんといってもCMが懐かしい。
十年以上寝かしていた熟成のビデオでやたら盛り上がる7人のオタク。
なんか古いレコードに針を落として盛り上がってる元パンクスみたい。
で、エヴァのビデオで最高潮に。
いやー普通に燃えます。今更ですが燃えます。
オイラはエヴァはもう完全にタイムリーだった人で、延々と苦悩する登場人物たちに、
「コイツは俺だ! おれの姿だ!」と七人の侍の三船なセリフを叫んでいました。当時。
だからかなり思い入れありますね。多分あとにもさきにもこういう感覚は味あわないでしょう。
今現在、どんな風に評価が固定されようと、あの時代のあの空気は別物なんです。
と、久しぶりに観たから熱く語ってみる。
そんなわけで盛り上がる盛り上がる。
あの毎週の放送を楽しみにしていた十代の気分でエヴァを観ている酔っぱらいども。
気づけば10時間以上ずーと酒呑んでました。
本日は普通に二日酔い。
で、1984年版のゴジラの映画パンフを酔った勢いでやっちゃったこと思い出して、
あー少し勿体なかったかなとおもった26歳のオタク独り。